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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)9020号 判決 1958年12月22日

原告 東港金属株式会社

右代表者 福田庸一

右代理人弁護士 橋本順

被告 伊藤静枝

右代理人弁護士 井上福太郎

右復代理人弁護士 用松哲夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

原告会社主張の日時に原告会社と訴外竹内惣作との間に、本件家屋について原告主張の代物弁済契約が締結されたことは弁論の全趣旨に徴し、被告の明らかに争わないところである。

そこで右契約締結について右訴外人が被告を代理する権限を持つていたかどうか判断する。成立に争いのない甲第一号証によれば、本件家屋について昭和三〇年八月三〇日の売買を原因とする被告より原告会社に対する所有権移転登記がなされていることは認められるが、証人竹内惣作(第一回)同伊藤芳枝の各証言及び被告本人尋問の結果によれば、訴外竹内惣作は本件家屋の所有者である被告に無断で本件代物弁済契約を締結したこと、及び右契約に当り訴外竹内惣作が原告会社に交付した本件家屋の所有権移転登記手続上必要な書類は右訴外人が被告の印鑑を冒用して作成したものであることを認めることができるから右登記の存在は原告会社の主張を認めるに足らないし、右証言及び本人尋問の結果によれば甲第四号証(芝信用金庫との間の根抵当権設定契約書)に顕出されている印影も右訴外人が被告の印章を冒用したことによるもので右書証は被告の意思にもとづいて作成されたものでないと認めることができるから、右書証も右訴外人の代理権を推認する資料とすることはできず、その他の全証拠も前記認定を覆し本件契約締結について右訴外人が被告を代理する権限を持つていたことを認めるには充分ではない。そこでつぎに原告会社の仮定的主張についてす判断る。

被告が昭和二四年頃訴外竹内惣作に本件家屋及びその敷地の取得並びに登記手続の折衝を委任したことは被告の自認するところであるが、それ以外に原告会社主張のように右訴外人が本件家屋の保存、管理、処分について被告の代理権を有していたか否かについて検討するに、証人竹内惣作(第一回)同伊藤芳枝の各証言、及び被告本人尋問の結果によれば被告と訴外竹内惣作とは妾と旦那の関係にあり、本件家屋は被告の父の所有名義であつた家屋及びその敷地を売却して得た資金約一五〇、〇〇〇円に右訴外人が被告に贈与した一〇〇、〇〇〇円を加えこれをもつて昭和二四年頃建築したものであり、その敷地は当時右訴外人が資金を出して被告のため取得したもので、右取得については右訴外人が被告を代理して行つたが、被告は本件家屋に居住しており本件家屋及びその敷地の保存管理について右訴外人に代理してもらう必要もなく、また右家屋及び敷地の取得に自己の資金も使用されたこと及び自己の妾という不安定な立場にある点からその財産の確保については強い関心をもつており自己の印鑑は自ら保管し前記以外に右訴外人に委任状や印鑑を託す等明に代理権が授与されたことを示すべき行為をしたことはなかつたこと、訴外芝信用金庫に対する抵当権の設定も右訴外人が被告の印章を冒用してなしたことを認めることができ証人小林実、同勝賢、同古関尚和の各証言中右認定に反する部分は信用できず、その余の全証拠によつても右認定を覆すに足りない。

成立に争いのない甲第一号証、同第二号証の一、二、同第五号証、同第六号証によれば本件家屋については昭和二九年一二月二一日被告のため所有権保存登記がなされ本件家屋の敷地の内二〇坪については、昭和三〇年五月九日被告のため所有権移転登記がなされたが、敷地の内一五坪八合については、ついに被告のため所有権移転登記がなされず昭和三〇年三月一六日訴外三立電気株式会社のため所有権移転登記がなされ、ついで同年九月二八日原告会社のため所有権移転登記がなされたこと、被告のための所有権保存登記及び所有権移転登記の登記申請はいずれも司法書士である訴外関口二郎が被告の代理人として行なつていることが認められる。以上認定の事実によれば訴外竹内惣作の本件家屋及びその敷地の取得についての代理権は取得に要する行為の完了と共に昭和二四年当時終了したものであり、本件家屋及びその敷地の登記手続の依頼については、特にそのための印鑑なり委任状を被告が右訴外人に交付したことのなかつた点から考えて被告の右訴外人に対する依頼の趣旨は、右訴外人が自ら代理人としてなすことを委任したものではなく、被告の委任状により右訴外人が右登記申請手続を右手続に精通している者(例えば司法書士)に依頼して行わしめる趣旨であつて右登記申請手続について右訴外人に代理権を与えてはいなかつたと認めるのが、相当である。従つて右訴外人の被告代理権は昭和二四年当時にはあつたがそれ以後は存在しなかつたといわなければならない。しかし無権代理人が以前にあつた代理権限の範囲をこえて無権代理行為をした場合にも、相手方が、以前にあつた代理権の存在を知り、これを知るが故に後の無権代理行為につき代理権ありと信ずるについて、正当な理由があつた場合には、右行為は、表見代理行為として本人のためその効力を生ずるものと解すべきである。そこで本件について、検討するに証人小林実の証言によれば、原告会社代表者が本件代物弁済契約について被告の代理権を信じたのは訴外竹内惣作が被告のいわゆる旦那であることを知つており、かつ右訴外人が、本件家屋は実質的には被告の所有ではなく右訴外人の所有であると言明し、かつ、訴外芝外信用金庫に対する抵当権設定が適法になされていたと信じたためであつて、原告会社はそれ以上何等の調査をすることなく本件代物弁済契約を結んだことを認めることができ、右認定に反する証人竹内惣作(第一、二回)の証言は信用できない。してみると原告会社が訴外竹内惣作に被告の代理権ありと信じたのは、右訴外人に本件家屋及び敷地の取得について被告の代理権があつたことを知りかつこれを知るがためではないことは明らかであるから原告会社は訴外竹内惣作に被告の代理権ありと信ずるについて正当な理由があつたということはできない。

よつて原告会社の本訴請求は理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡松行雄)

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